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最高裁判所第一小法廷 昭和23年(れ)1807号 判決 1949年3月31日

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人戸田宗孝上告趣意第二點について。

所論は、先に懲役一年執行猶豫三年間の判決の言渡を受け、判決確定し、執行猶豫中の状態にあつた被告人が、さらに他の犯罪を行い懲役十月の言渡を受けた場合に、その刑につき執行猶豫の言渡をすることが、法律上可能であるか否かの問題に觸れている。そして、論旨は、刑法第二五條第一號にいわゆる「前に禁錮以上の刑に處せられたることなき者」とは、「前に禁錮以上の刑の言渡を受けその刑の執行を受けたることなき者」という意味であるから、本件の場合においても刑の執行猶豫を言渡すことは、法律上不可能ではないと主張するのである。

しかしながら、刑の執行猶豫の制度は、犯罪の情状比較的輕く、そのまゝにして改過遷善の可能性ありと認められる被告に對しては、短期自由刑の実刑を科することによって、被告人が兎もすれば捨鉢的な自暴自棄に陥つたり、刑務所内におけるもろもろの惡に汚染したり、又は釋放後の正業復歸を困難ならしめたりすることのないように、刑の宣告をする裁判所が、刑の宣告と同時に、一定期間刑の執行を猶豫することを言渡すものである。そして、一方においては、執行猶豫の言渡を取消されることなく無事に執行猶予豫期間を經過したときは、刑の言渡は終局的にその効力を失うものとして、被告人の改過遷善を助長すると共に、他方においては、被告人が再び犯罪を行つたごとき場合には、いつでも執行猶豫の言渡を取消し実刑を執行すべき警告をもつて、被告人の行動の反省と謹慎を要請しているのである。すなわち、これによつて刑罰の目的を妥當に達成せんとする刑事政策的配慮を多分に加味したものであることは、言うを持たない。

そこで、刑法第二五條について考えると、(一)前に禁錮以上の刑の確定判決を受けたことのない者、(二)かゝる確定判決を受けたことはあるがその執行を終り又は執行の免除を得た日から七年間も謹慎生活を續け七年以内には再び禁錮以上の刑の確定判決を受けたことがない者に對しては、実刑を科さなくとも改過遷善の可能性ありと裁判所が認めた場合には、執行猶豫の言渡ができるものとしたのである。かゝる確定判定を受けた者は、たとい刑の執行猶豫中であるにしても、再び犯罪を行つた場合には実刑を科せずして改過遷善の可能性ありとは法律上認め難いのであつて執行猶豫を附することはできないものと言わなければならぬ。さらに、刑法第二六條第一號によれば、「猶豫の期間内更に罪を犯し禁錮以上の刑に處せられたるとき」は、先になされた刑の執行猶豫さえ取消さるべきものである。かゝる場合に新犯罪の刑につき執行猶豫を言渡すことができないと解すべきは、まさに理の當然である。また、刑法第二五條第二號をよく見れば、「刑に處せられ」というのは、所論のごとく刑の執行を受けたることゝ關連がないことは、容易に理解されるであろう。論旨は、その故にこの點において理由がない。(その他の判決理由は省略する。)

よって旧刑事訴訟法第四四六條に從い主文の如く判決する。

この判決は、裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 真野 毅 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 齋藤悠輔)

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